研究日誌

哲学と哲学史を研究している人の記録

「フッサールの社会哲学」補遺その1

この記事を読み直していて、ちょっと補足が必要かもしれないと思ったところを見つけました。

「社会倫理学」という節の冒頭には次のようにあります。

最後の節では、フッサールの社会倫理学の構想がごく簡単に紹介されます。ここまで扱ってきたフッサールの社会哲学は、「共同体は何であるか」という記述的な問題に取り組むものです。しかしフッサールは、「共同体は何であるべきか」という規範的な問題についても、独自の理論の構想を持っていました。それが社会倫理学です。

ここに書いてあることは、ひょっとしたら、ひとつ前の節のテーマが「共同体と規範」であることと矛盾するようにみえるかもしれません。

しかし、これは実際には矛盾ではありません。「共同体にはそれぞれの規範がある」という主張は、「共同体とは何であるか」に関するフッサールの説明の一部です。そのためこの主張は、あくまでも、共同体に関する記述的な問題を探究する文脈にあります。別の言い方をすれば、「共同体にはそれぞれの規範がある」という主張は、それだけでは、「それらのうち、これこれの規範は正当である(あるいは不当である)」といった類の結論を導きません。わかりやすくするために例を出してみましょう。たとえば「日本には車は車線の左側を走るべきだという交通規範がある」という主張は、左側通行という交通規範が正当である(したがって、これに反する右側通行という交通規範が不当である)という結論を導きません。もちろんこの主張は、左側通行という交通規範が不当であるという結論も導きません。

以上の補足を手がかりにすれば、フッサールの社会倫理学がどのようなものだった(と推定できるか)についても、少しだけですがよりはっきりとさせることができます。「共同体は何であるべきか」、あるいはもう少しわかりやすく言い直せば、「私たちはどのような共同体を実現すべきか」という規範的な問いへのフッサールの答えは、「共同体の規範としてこれこれは正当である(不当である)」という主張を含むことになっていたはずです。ただし、フッサールの社会倫理学上の立場を細部まで再構成することは、現在私たちに証拠として残されているテクストの乏しさからすると、なかなか難しいと言わざるを得ません。

最後にもう一言。上で述べたように、共同体と規範についてフッサールが残した議論は、場合によっては共同体に関する記述的な問題に取り組む文脈に位置づけられるものです。そのため、特定の種類の共同体についてフッサールが規範的な主張にみえることを述べていたとしても、このことは、その見解をフッサールが規範的主張として正当化しようとしたということを意味しないかもしれません。別の言い方をすれば、フッサールのその主張は、「特定の(タイプの)共同体では特定の規範が認められている」という、それ自身としては記述的な主張として解するほうが適切かもしれません。このことは、たとえば家族について今となっては古臭いとしか言いようのない見解*1を持っているフッサールの共同体論を読むときに、気をつけたほうがいいことだと思います。

 

「その1」は「その2」があることを保証するものではありません。

*1:私がいまぱっと思い出せる参照先は、Hua XIV 181やHua XV, 413あたりでしょうか。