ハーバーマス御一行がエレベーターを待つ場面に遭遇したことがある。2013年の夏、雲ひとつなく晴れたアテネで開かれた巨大国際学会でのことだった。誰がどう見てもハーバーマスなので私だけでなく周囲にいた人はみんな「(ハーバーマスだ…!)」とひそかにざわついた——としか言い様のない状態になった——のだが、ひそかにざわつくだけで、遠巻きに大物の姿を見守ることしかできなかった。そんななか、おそらく欧州人と思われる風貌の青年がスマートフォン片手にハーバーマスにつかつかと近寄っていく。声を掛けて一緒に写真とるのかな、度胸あるなあ。と思った刹那、青年は2メートルくらいの近距離で哲学者を撮影し、(確かなことではないがたぶん)無言でその場を去って行った。欧州の哲学系の学会でそんな光景を見るとは思っておらず、虚をつかれたような気分になったのでよく覚えている。
翌日乗ったバスでは、乗客が広げていた地元紙の一面にハーバーマスの写真がでかでかと載っているのを見た。その光景も思い出せる。ああ知識人が社会のなかにこんなふうに場所を持っているんだなあ、これが欧州だよなあという感慨と一緒に。
ハーバーマスのそのときの講演は私も覗いたのだが、音響のよくない大きなホールのうえ聴衆——というより、あの環境だともはや良くも悪くも観客だよね——のおしゃべりの声も周りからたくさん聞こえてきて、ご本人が何を言ってるのかはほとんど分からず、だったらそこらでコーヒーでも飲むかと早々に退散したのだった。同じ日だったか翌日だったか、この件について、とあるセッションにお互い聴衆として参加していた初対面のフランス人研究者と廊下で雑談をした。「あまり聞き取れなかったけど、たぶんヨーロッパと民主主義について話したんだと思うよ」「(含み笑い)そりゃ間違いないだろうね。ところでハーバーマスの主張がどう整合してるのか、私にはよくわからないんだよね。というのもさ……」。