前回の続き。ゲルダ・ヴァルターの回想によれば、ハイデガーはフッサールの妻マルヴィーネのお気に入りだった。実際のところ、ハイデガーとマルヴィーネとの関係は少なくとも悪くなかったようである。このことは、ハイデガーがカール・レーヴィットに宛てた1922年11月22日付の書簡から窺い知ることができる。
お年寄り〔=フッサール〕は日本のある雑誌に載せる論文を何編か書いています。リッカートが夏にそれを取り決めました。表題は「刷新」! お年寄りが言うには、まったく「精神科学的で社会倫理学的」だそうです。ドイツでもそれを年報で公表したがっています。想像力をどんなに自由に働かせてもあなたには思いつけないようなすさまじい代物です。最悪の事態を避けるために、そういったものはドイツでは印刷できないだろう——あまりにも初歩的だから、と夫人に言いました*1。
「日本のある雑誌に載せる論文」とは、フッサールが改造社の総合誌『改造』に発表するために執筆した一連の論文(1923–1924年)のことだ*2。ハイデガーは論文の内容がだいぶ気に入らなかったようで、それがドイツ語で刊行されるのを阻止するために、フッサール本人ではなくマルヴィーネに助言をしたというのである。実際にこうした出来事があったかどうかはこれ以上確認できないのだが、それはともかく、上の一節は、ハイデガーにとってマルヴィーネはこうした話ができる相手だったということを、つまり両者の関係が良好だったことを示しているように思われる。
それにしてもハイデガーは上の引用でフッサールについてけっこうな悪口を書いているわけだが、このあたりについてはまた次回に。